2002.07.20
裸のままではかわいそう。家にも服や帽子の勧め

今年も梅雨が明け、あっちっちの夏が始まった。
とてつもなく暑くて、エアコンの部屋から出られない。

私の仕事部屋は、その昔半田槽のあった部屋をパーテーションで区切って使っているので、 20畳あまりのところへ3相200Vで4.7KWのエアコンが付いている。
この猛暑のなか、鳥肌が立つくらい冷える。

シンプル設計でお馬鹿なエアコンでなので、ちょうど良い設定が出来ないのである。
私は北海道生まれなので涼しさには強い???
実際には、北海道時代は暖房が十分すぎるぐらい完備していたので、暑さにも寒さにも弱い。

私の家を設計する時、「冬に暖かい家」をコンセプトとした。
実際、サッシも北海道から取り寄せた高気密高断熱設計である。
確かに、冬は快適である。ところが、夏はめちゃくちゃ暑い。

以前沖縄へ遊びにいったときに、驚いたのは外は暑いのに家の中はエアコン無しでも涼しいのである。
夏に涼しい家」をコンセプトに設計され、徹底的に風通し良くなる様に出来ているからである。

冬に暖かく、夏に涼しい家を作る事は難しい。

そこで、夏と冬とで服を変える様に、家も着替えたらどうだろうか。
屋根や外壁を、夏と冬とで変えるのである。

最も効果があるのは、家の周りを広葉樹の林で囲むこと。
夏の暑さは木の葉っぱが冷やしてくれる。
冬には葉っぱが落ちて、日当たりが良くなる。
大儲けでもしたら、ぜひやってみたいが、今は妄想でしかない。

一般的には、夏対策としてすだれやよしずをかけたり、窓に遮光フィルムを貼る方法がある。
北国の冬対策としては雪囲いや窓の目張りなどがある。
これらも着替えの一種であるが、もっと積極的な方法はないだろうか。

以前にも書いたが、ぜひ遮光網の帽子を敷地全体にかけ、庭には噴水を設置してみたい。
効果があると思うのだが、だれも賛同してくれない。

2002.07.14
便利になったので不便になった。聞こえないスピーカーの勧め

数年前には夢だったインターネット常時接続が、今や当たり前の時代。
以前作ると宣言した「パソコンインターフォン」も、無料で提供されるメッセンジャーで実現できてしまい、 私の出番は無くなってしまった。
インターフォンどころか、Webカメラまでもが手軽に構築できる。

私は、秋田にじいさんばあさんを残して群馬に来ているので、インターネットでTV電話を 繋ぎっぱなしにし、何時でも孫の顔を見ながら話ができるようにしようと話を持ちかけた。
近所では、千葉<>秋田で同じような事を既にやっているとの事。
ところが、「パソコンがわからないから」としっかり断られてしまった。
.....返す言葉が無い。
ぜひとも「年寄りに優しいパソコン」を作らねばと実感した次第。

さて、仕事ではY風メッセンジャーで、沖縄/長野/群馬/神奈川の仲間と常時連絡を取り合っている。
Y風にしたのは、プライベートIPでもOKで、ファイヤーウォールをも乗り越えて会話が出来たからである。
(A折やM$も接続実験したが、条件が整わなかった)

  相手が居るか、忙しいかが事前に判る。
  リアルタイムに反応。
  インターフォンとして使える。
  音質は十分(普通の電話並)
  電話代も半減。
  不在中に受け取ったメッセージも残る。

こんなに便利なメッセンジャー、使わなければ大損であり、すっかり手放せない道具となってしまった。

Y風メッセンジャーは、基本的には「話す」ボタンをマウスでクリックして話す片側通話であるが、 同時に離す事もできる。
ただし同時に話すと、相手のスピーカーから出た音がマイクを通じて返ってきてしまい、かなり話し辛い。
指向性マイクを用いれば、気にならないレベルまで減らせる。
ヘッドセットを用いれば、完璧である。
ところがヘッドセットでは、普段の警告音が聞こえない。
どうしても、スピーカーの切替器が必要になる。

先日、出張ついでに秋葉原をまわり、安い電話機を探して歩いた。
市販の安い電話機を改造して、使おうと思ったからである。
ところが、全く見つからなかった。
唯一、インターフォン用の電話機があったが、予算オーバーで断念。
ヘッドセットは、1台500円で買ってきた。

市販の切替器もあるが、SW切替では切替え忘れがでるので買う気はしない。
パソコンの横にフックSWを設け、ヘッドセットを掛けると外部スピーカーに切替わる機構を 作るのが良いのではないかと検討している。

IP電話が流行しつつあるとの事。
良いものを作れば売れると思うが、いかがでしょう。
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2002.07.05
耳の聞こえない人にも感じるスピーカーの勧め

朝起きる為に、目覚まし時計を使っている人は多い。
私の場合は、携帯電話が目覚ましである。電話の呼び出し音は、悪夢を見る事もあるが、 目覚めも早い。

ところが、耳の聞こえない人にとっては、このごく当たり前の風景が通用しない。
電話や来客時のチャイム、電子レンジのチンなど音に頼っている生活が、総て否定されるのである。

チャイムについては、パトライトなどと連動させる事も可能であるが、市販のセットがあるわけではないので、 親切な電気屋さんに頼めた人はラッキーらしい。
とにかく、それらの存在すら知らない人が多く、驚くほどに遅れている。
先出しの目覚ましの件では、タイマーと扇風機を用いている話がTVで紹介されていた。
音や光を検知してSWする電子回路が、必需品であろう。

さて、空気砲をご存知か。
(ここに説明がある)http://www.mpec.tsu.mie.jp/kyoiku/kyouzai/kagaku/body024.html

大きなダンボール箱に穴を開けたもので、箱を手でポンと叩くと空気の塊が飛び出す。
学習実験としては、簡単な割には面白く、毎回驚かされる。

ある時、TVでこの様子を見て、「これだ!」と思った。
この原理で、スピーカーを作れば、耳の聞こえない人にも感じるスピーカーが出来るのではないか?
通常、音で警告する場所での警告信号として、いろいろ用途があるのではないだろうか。
例えば電車のホームでの電車が来るよ警告
耳の聞こえない人たちへの便利グッズを、たとえ儲からなくとも作ってあげなくては!

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2002.07.04
自動車でペットボトルや空き缶潰しの勧め

リサイクル推進の為、ゴミの分別は、今や常識となっている。
私の住む群馬県富士見村では、今年になって燃えるゴミとしてプラスチック類が含まれる様になったので、 ずいぶん楽になったが、かわりにペットボトルを分別するようになった。
ゴミ問題は文明の負の財産であり、その一部でも正に転換する事は、地球の寿命を延ばすのに役立つ。
しかし面倒である。
人間は、本来なまけものであり、少しでも楽をしようとして数々の発明が生まれてきた。
ゴミ処理が楽しいものだったり、お金が儲かるものだったら苦労はしないのに。
たいした金額ではないが、有料のゴミ袋に、「出来るだけ詰め込みたい」と思うのも心情ではないだろうか。
不思議と、巧く詰め込んだ時には妙な満足感がある。
これは、意外に重要な要素かもしれない。なにやら潜在需要のにおいがする。

さて、今困っているのは空き缶の処理である。
最初のころは、足踏み式の空き缶潰しなるものを購入し、真面目に潰していたが、 だんだん未処理分が溜まってきて、ついには空き缶潰し器もさび付いてゴミとなってしまった。
潰さないで出すのは、あまりにもつまらないと思い、ついには裏庭に山ができてしまった。

一気に潰す手は無いか?
そこで登場したのが、我が家のパジェロ。 こいつなら、一気に潰せそうである。
しかし、タイヤでそのまま潰すのは、問題がありそうである。
そのうち、鉄板でも買ってきて空き缶潰しを作ろう」と思いつつ、また裏庭の山が高くなっていくのでした。

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2002.07.03
玄関に武器?の勧め

危機管理とは、起こりうる危険を予め想定し、それに対処しておく事である。
水と安全がタダだった時代は幻となり、今や家の中にいても安全ではない。
巷では通報装置が売れており、TVでは悲惨なニュースが駆け巡る。

そろそろ玄関に監視カメラの設置も検討しなくては。
来客があった場合、予め安全と思われる場合のみ玄関を開ける事で、自宅を安全に保つ事ができる。
と思ったが、宅配便や郵便配達など、一見安全に見える場合もあり、完璧ではない。
新聞の勧誘や商品のセールスなど、あの手この手で玄関を開けさせようとする。
玄関を開けたが最後、居座り続け、商品の購入を迫る。
私も、新聞の勧誘で脅しを受けて、怖い思いをした事がある。
ましてや、主婦が一人きりで居る時など、怖い思いの経験は1度や2度で済まないだろうと想像される。

そこで、玄関に武器の設置を提案する。

武器とは言っても、金属バットスタンガンを置いても意味は無い。
彼らが最も嫌がり、怖がるもの、それは警察であろう。
つまり、警察への通報装置である。

いかにも「警察への通報装置」といった風体を持ち、「帰らないと警察へ通報するよ」といった態度を見せれば、 大概の人間は、捨て台詞を残しつも、退散するであろう。
それでも駄目な場合は、実際に通報すればよろしい。
屋外に設置のパトライトやサイレンなどが作動し、スピーカーからは「はい、こちらはXX警察です。」と聞こえてくれば、 相手は相当ビビルであろうし、「直ぐ来て下さい」と訴えれば、直ちに逃げ出すはずである。
2度と来ないようにするため、画像や会話を自動記録しておけば。直ちに犯人を捕まえてもらえる。

現在市販されている通報装置でも、ある程度の役にはたつが役不足であり、 新しいコンセプトで作り直す必要があろう。

いずれにしても、コンな物が売れる時代がくるとは、悲しいことである。
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